篤農家応援プロジェクト 第三回 レポート

2019年12月19日、佐賀県太良町にある通称『宇宙人の家』で開催された、篤農家応援プロジェクト第三回。

今回は、東京などの有名料理店で腕を振るうシェフたちからの高い評価を集め、『森のアスパラ』を知る人ぞ知る全国ブランドへと押し上げたアスパラ農家、安東浩太郎さんにお話しいただき、その後、実際に栽培を行っている圃場を見学させていただきました。

ここでは、その前半セッションである安東さんのお話をレポートします。


8年間のサラリーマン生活を経てアスパラ農家へ

自然の恵み豊かな「ゆたたりの郷」として知られる太良町に、大阪でサラリーマンをしていた安東さんが出会ったのは、そこが奥様の地元だったから。

ただ、移住を決意した時には、まだ「この地で何をするか」とういことまでは決めていなかったそうです。

「ここで暮らしたい!」とは思っても、太良町の主要産業は漁業と農業。漁師になるか、農家になるか。考えた末に行き着いた結論は、これから耕作放棄地が増えていくであろうこの土地で、農業をすること。

そして、アスパラを選んだ理由は、佐賀県のアスパラ生産量が全国2位とトップクラスであるにも関わらず、作付面積は9位というデータから、狭い農地でも多くの収量が見込めると考えたから。

そこから、安東さんのチャレンジは始まりました。

しかし、1年間にわたり農業法人でアスパラの栽培を学び、満を持して事業を立ち上げようとした時に待ち受けていたのは、地元からの強い風当たり。

誰とも知れない「よそもん」が、そう簡単に農地を確保することはできなかったのです。

そこで、安東さんは農協の契約社員となり、まずは地元で農業を営む人々との信頼関係を築き上げることに。

すると、徐々に協力してくれる農家さんも増え、ようやく放棄されていたみかん畑を手に入れることができました。

参入障壁という高い壁をついに乗り越え、今度こそアスパラ農家として本当の挑戦がスタートしたのです。

そして、農協に出荷するところから始めたものの、それでは想像していたよりもずっと少ない金額しか手元に残らないという、厳しい現実に直面。

2年目からはさまざまな肥料をハウスごとに変えることにより、いちばん良いものを残しながら収量を伸ばしつつ、高単価で販売するために味を追求していくというアプローチを取りました。

そして4年目、ついに自信を持って世の中に送り出せる『森のアスパラ』が完成。

このブランドアスパラは高級料理店などから高く評価され、紹介が紹介を呼んで注文は右肩上がりに増えていきました。

「良いものをつくれば自然と広がっていく!」という手応えを掴めたことで、安東さんは自信を深められたと言います。


アスパラガス×ITで実現する新しい農業

味と品質を追求し、ブランド化することによって評価を高め続けている『森のアスパラ』ではありますが、安東さんにはもうひとつ挑戦していることがあります。

それは、AIやIoTなどITと農業を融合させることで、次世代につなげられる栽培ノウハウを確立すること。

そのために、現在は収穫ロボットやAIによる自動潅水システムなどを積極的に導入し、使ってみた上での課題などをメーカーにフィードバックすることで、より現場のニーズに合った製品開発をサポートしています。

「スマート農業なんて耳障りの良い言葉を使っていても、現状ではこうした製品・サービスの大半がメーカー主導のビジネスです。

農家がきちんと『これは良い』『これは使えない』と声を上げていかなければ、それが変わることはありません」と、安東さんは農業現場とIT業界の間にある問題点を指摘してくれました。

こうした問題に安東さんが立ち向かう理由は、今後は若者の新規就農をサポートしていきたいという熱い想いがあるから。

先進技術をうまく使うことができれば、「農業=3K(きつい・汚い・危険)」といったマイナスイメージは払拭されるでしょう。

そのために、アスパラ栽培にITを融合させた、新しい農業のカタチをつくり上げているのです。

学校教育に問題があるという意見もありますが、例えば小学校で「将来、なりたい職業は?」と聞いて、「農家になりたい!」と手を挙げる子どもは現在、皆無に等しいでしょう。

でも、安東さんは自分自身が「世界を股にかける、かっこいい父ちゃん」になることで、子どもたちに夢を与えられる存在になりたいと言います。

実際、安東さんのもとには、オーストラリアから「アスパラ栽培の指導をしてほしい」というオファーがあり、そのプロジェクトを現地に赴いてスタートさせるなど、すでにそれは現実のものとなりつつあります。


目指すは新規就農者を巻き込んだ全国的な事業展開

もうひとつ、若手の新規就農を促進させるための重要なポイントは、農業が「儲かる職業」である必要があるということ。

そこについても、安東さんは自身の会社『A-noker株式会社』の収益をもとに詳しく話してくれました。

安東さんは実質8ヶ月、1600時間の労働、さらに自分で決めた売値で販売することで年間1,000万円近くを稼いでいるとのこと。

年間12ヶ月、2000時間以上も働いて平均年収500万円にも満たないサラリーマンと比較すれば、とても夢のある数字だと言えるでしょう。

しかし、安東さん自身が経験したように、地方への移住や新規就農にはさまざまな参入障壁があります。

そこで、いま考えているのは、築き上げた栽培ノウハウや販路などを共有し、『森のアスパラ』を生産する新規就農者を全国に増やすことで、自社の事業を拡大しつつ新規就農をサポートする画期的なビジネスモデルの構築。

それぞれの土地や気候風土に合わせた栽培を実践する必要があるなど、まだ課題は残しているものの、すでに日本初のネパール人農家や就労支援を行っている福祉施設など、日本全国から次々と「参入したい」という申し入れが寄せられていると言います。

来年3月には165アールにまで『森のアスパラ』を栽培する圃場が増えることになっているため、今後の展開からも目が離せません。

新規就農者をサポートしながら事業規模を拡大していくこのビジネスモデルを確立することで、安東さんが目指しているのは、5年後に『森のアスパラ』の収量を200トンまで引き上げ、売上高5億円を達成すること。

20人の就農者を創出できれば、それは決して不可能な数字ではないと言います。

最初は「よそもん」からスタートした安東さんですが、太良町の人々に受け入れられて「佐賀んもん」になりました。

そして、現在は「みんなが必要とする道具を与えられる、“ドラえもん”のような存在になりたい」と笑います。

少し照れ臭そうに、冗談めかして言いますが、それが安東さんのお人柄。

そんなやさしい人柄こそが、数多くの人々の心を惹きつけ、農業に新たなムーブメントを巻き起こそうとしているのかもしれません。

安東さんのA-nokerのHP